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ツイーターが発熱するほどの熱気かよ [世事]

S社のハイレゾ騒動。
まぁ、LPFあたりのチョンボなんだろーけど、可聴帯域外の超高音でのトラブルってのがアホだったねぇ。
ハイレゾをコウモリが聴くみたいな超高音再生を謳ってきたのがアホ。
どちらかと言えば、ビット数(16bit→24bit)の効用のほうが音質に影響合ったと思うのだが、分かりやすいところで周波数のほうを謳い文句にしちゃったのが痛い。
可聴帯域を正確に再生するためには44.1KHzでLPFを通したんじゃマズイから、周波数上限をもう少し伸ばしただけですよ、それより16bitと24bitの違いを聴いてください……みたいな売り方はできなかったもんだろーか?

超高音っていうと、リボンとか最新のリングラジエーターとか、可聴帯域を超えた再生能力のツイーターがあるけど、アレも可聴帯域の正確な再生のために必要なのであって、30KHzとかの超高音がどうこうは基本的には意味がないと思ってる。
ソースに20KHz超の帯域を含まないCDを再生した場合でも、超高音まで出せるスーパーツイーターを追加することで音が変わるのは、可聴帯域内での音の変化でしょう。


まぁ、こんなことはここにメモしなくても、分かりきったこと。
イチバンの興味は、今回のS社の騒動発覚の契機は何だっかのかってこと。
消費者の苦情か、社内のチェック体制の中での発覚か?
他社の技術屋が見つけた欠陥だったら最悪だよね。
S社は消費者への対応(返金とか交換とか)も大事だが、発覚の経緯についても開示してほしい。

謀略のシンクロニシティ [世事]

大好きな映画のゴールデン・スランバー。
以前録画してブルーレイに焼いてあるのだが、放送されるとついつい視てしまう(今日は日本映画専門チャンネルで放送)。
何度も視てるんで、インターネットでアレコレ眺めながら。

目に止まったのは、独逸フランクフルト一般新聞が「中韓接近は世界経済のエンジンとなる」てな具合のヨイショ記事を書いてくれたよと、中共の新華社が報じてるとのこと。
なんか聞いたことのある新聞の名前だなぁと思ってググってみたら、戦前は二重スパイで著名なゾルゲが所属してた新聞だとさ。
ゾルゲの所属してた新聞が中共のヨイショ記事を書く。
このことに妙に納得してしまった。

そして、映画の方に帰ってみれば、この作品は逃亡劇でもあるんだけど、本質は権力側がメディアを使いまくった謀略劇でもあったんだなと、当然のことに気づく。

視てた映画と眺めてたネットの記事の奇妙な符合とゆーか、シンクロニシティとゆーか……

宇野常寛の新刊を読んで(3本立てのその3) [世事]

3本立ての最後は読書とテレビについて。

ここんとこ読んでたのが宇野常寛ほか「静かなる革命へのブループリント この国の未来をつくる7つの対話」(河出書房新社)。
宇野と7人の対談集。
対談、鼎談、シンポジウムの議事録、こーいった類は、話し言葉と書き言葉の違いのため、大変読みにくいものが多い。
しかし、本書はスルスル読める。
編集者としての腕がすこぶるよい。
どんなに良書でも読まれなければ意味がない。
その意味で編集の腕がよいことはとても大事。

7つの対談のそれぞれについては色々思うところもある。
率直に賞賛、肯定できるものもあれば、自信過剰のあまりコケなければよいのだがと心配したくなるものもある。
だが、共通して思うところが1つある。

よく官民役割分担というがごとく、官と民の2分でものを語ることがある。
もう少し丁寧なものいいをするヒトは、この二者の間でグラデーションをつけて、「官・公・きょう・民」という場合がある。
官=中央政府・地方政府
公=公社・公団等
きょう=NPOや公益法人のような中間団体、又は政府・産業界・労働界の協議体など
民=営利企業
というよーなイメージ。
「きょう」の存在が最も現代的で、オランダなど欧州では比較的古くから認識されていた領域だけれど、日本では1990年代以降よーやく認識されたと思う。
この「きょう」には「共」の字を当てるヒトと「協」の字を当てるヒトがいるが、宇野「静かなるー」を読んで別の字を当てることが想起された。
「響」
響きあいがないと、法令による強制(官公のルール)も、利益による誘引(民のルール)もない「きょう」の原動力が起きにくい。
とゆーよーなことを強く強く感じた1冊。


昨日はテレ東の長時間音楽番組を流し見。
48Gを圧倒するモー娘。OGの存在感といってしまえば、通俗的な感想になるけれど。
メドレーの選曲もよかった。
せいぜいラブマから始めるのかと思ったら、まさかのモーコー。
さすがに愛の種はムリだったが…
う~ん、生歌のモーコー聴くのって何年ぶりのことだらう

島田紳助の早期復帰と原発廃炉 [世事]

明日から出勤。
肩慣らしに、部下から来たメールにコメントを付けて返す。
昼飯は地元のラーメン屋(二郎もどき)に。
このラーメン屋の隣は印度料理店なのだが、そこの印度人が昼飯を買いに来てた(丼ごと持ち帰って自分の店で食うらしい)。
ラーメン屋の店主が「ポーク(ゆで豚叉焼)は大丈夫なのか」と尋ねたら、印度人は微笑みながら「うん、うん」と頷いていたのが面白かった。
ヒンドゥーの教えも外地では臨機応変なのか。
まぁ、美味しいもんは誰が食っても美味しいもんね。

今日の昼飯と珈琲のお供は、T51+The Continental+T5p。
ヤルヴィのベートーヴェン交響曲5番・1番とムラヴィンスキーのチャイコフスキー5番(DGG盤)を聴いた。
ハイスピードでスッキリと抜けのよい音で、昨日のSR-71Aを使った音とは対極的かな?

さて、ハナシ変わって島田紳助の早期復帰を希望した吉本興業社長の発言について。
これは甚だ不見識だろう。
ワタシ自身はよくコントロールされた原発を維持・新規建設をしていくほうが利益が大きいとする立場だが、それはさておき、おそらく世の中の流れとしては廃炉に向かっていくと思う。
この廃炉が厄介だ。
どこぞの俳優のように「子供たちの健康のために」と念仏を唱えてるだけでは廃炉に至るはずもなく、実際には廃炉のための一大公共事業を展開しなければならない。
何年がかりかは分からぬが、総事業費は数十兆円規模だろう。
八ツ場ダム総工事費の数十倍~百倍という巨額の事業だ。
公共事業に対する口入れ稼業が反社会的勢力の得意とするところであり、国費(血税と国民の浄財で引き受けられた国債)の中間搾取が収入源となることは言うを俟たない。
つまり、廃炉は国民の願いみたいなお題目で反社会的勢力の懐が潤うとゆー気の狂いそうな構図が描ける。
これを断ち切るには、反社会的勢力をあらゆる場面で排除する覚悟こそが求められる。
原発→廃炉→公共事業という流れを健全に(=無駄な国費を費やさずに)進めるためには、反社会的勢力排除をこれまで以上に強化する必要がある。
そーゆー時代環境を背景にしているときに、島田早期復帰論は天地がひっくり返っても、ありえない。
この復帰待望論が吉本興業社長の言うように「全社員、全タレントの思い」というのなら、すべてのメディアにおいて吉本興業の全タレントをパージすべきだ。
東電社員に礫を投げることが正義であるよーな世迷言を垂れ流しにする大馬鹿者が跋扈しているが、言うまでもなく、東電社員のうち責任を負うべきは一部の幹部だけだ。
ところが、社長発言が事実だとすれば、反社会的勢力との関係性の濃い島田を復帰させたいと思っているのは、吉本興業の全社員・全タレントだという。
排除されるべきはどちらなのか明白ではないか。
この問題は、テレビ番組に登場するコメンテイターやジャーナリストの試金石だと思う。

今日の読書
「地の底のヤマ」第2部半ばまで。

フーテンとか苗字の読み方とか [世事]

この年末年始はWOWOWで集中放送している「男はつらいよ」シリーズをずっと流してる。
読書しながらのバックグランドヴィデオといったところ。
さて、主人公の車寅次郎は「フーテンの寅」と称されてる。
この「フーテン」だが、もともとは「瘋癲」と書く。
精神科病院を旧い言い方で「癲狂院(てんきょういん)」と称していたことからも分かる通り、「瘋癲」は狂人の意味である。
しかし、寅さんは狂人とゆー設定ではない。
ヒッピーのような風体の者が「フーテン族」と呼ばれていたこともあるが、寅さんはフーテン族とゆーことでもない。
劇中では「渡世人」とか「ヤクザな兄」などと自称している。
山田洋次は何をもって「フーテン」と称したのか?
俗世の常識と対極にある者の意だったのかな?

「フーテンの寅」は二つ名である。
真っ当な生活をしていると、フツーは二つ名を持つことはないはずだが、難しい読み方の苗字の者がシチュエーションに応じて、読み方を二通り使い分けることはあるよーだ。
沖縄の「玉城」さんが、「たましろ」さんだったり、「たまぐすく」さんだったりするよーに。
歴史的な経緯や本土との関係で、どちらの読み方を選ぶに至ったのかは、様々な事情があったんだろーと思う。
しかし、本人の都合で、その時々の職業や利害に応じて、読み方を変えるのはどんなもんなんだろーかと批判的に見てしまう。
その便宜主義的な苗字の扱い方には祖先への敬意に欠けるところがあるんじゃないか。
まぁ、「二つ名」からの連想で、古くからの知人にそーゆー人がいることを思い出した次第。


今日の朝飯兼昼飯は、雑煮用に合鴨と鶏肉を流用して、カレーを作る。
ジャワカレープレミアム(辛口)に鷹の爪、SB赤缶、黒胡椒を適宜追加して辛味増強。
鴨の脂の甘味と旨味に負けない辛さで、美味。
晩飯は、鶏肉で取った出汁(塩味なし)でカップラーメン(「もちもちの木」(明星食品(セブンイレブン福島・埼玉・千葉限定販売))を作り、焼いた餅を投入。
雑煮の変形というか、力ラーメンというか、何とも言えない出鱈目料理だが、出来は上々。
真面目に雑煮を作るよりも旨いかも。

今日の音楽
C4+K3003でキース・ジャレット・トリオ「星影のステラ(Standards Live)」、メータのペトルーシュカ。
The Portaphile627で鳴らすK3003に比べると、低音の押し出し感や高域のキレでは弱いところもあるが、音場の見通しが素晴らしくよいので不満は少ない(比較しなければ十分に「よい音」といえる水準)。

今日の読書
架空戦記1本読了。

金融と商売の本道 [世事]

風邪のほうは完全に治ったー!
今朝も気持ちよく目が覚めて、あまりにも気分晴れやかすぎて二度寝したー!
おかげで30分遅刻だー!
と、おバカ加減も平常運転。

今日のお供も3段重ねで、iPod Touch+solo+The Continental+ESW10。
昨日の組合せとの違いはPHPAがThe Portaphile627か、The Continentalかというところだけだし、両PHPAともにどちらかといえば中高域~高域が幾分強めのキャラ。
まー、似てるっていえば似たとこもあるんだが、厳然たる違いもある(あたりまえだけど)。
The Portaphile 627が直接音の彫が深い音であるのに対して、The Continentalは間接音成分が多めに響いているよーに聴こえる。
もしかしたらマイクロフォニックが軽く出てるからなのかもしれんが。
The Continentalの間接音で面白いのは、フツー間接音が多いというとモワッとした暖かい音を連想するが(例えば、QUADのESL63系統みたいな音)、The Continentalではヒンヤリとした感じのする間接音ということだ。

今日聴いた曲は、通勤往路でショルティのベートーヴェン交響曲3番、昼休みにモントゥーのベートーヴェン交響曲7番。
音像自体はシャッキリしているのに、間接音が豊かに響く
モントゥーは昨日直刺しで聴いたところだが、両者の違いは歴然で、PHPAを噛ませる意味を実感することができる。

ここで、いつもの通りの間抜けぶりが顔を出す。
Toucuとsoloを繋げたままだと、なぜかTouchのバッテリーがどんどん減っていってしまうことがあるんで、昼休みの終わったところでDock-USBケーブルをちゃんと外した。
外したところで気が抜けて、soloとThe Continentalの電源を切り忘れた。

今夜はグループの忘年会でタイ料理。
料理は中の上といったところだが、お喋りが愉しかったので気分は上々。
そーゆー高揚した気分だったが、上記のような事情で通勤復路はTouch直刺しで聴かなきゃならないのは少々残念。
でも、同じ失敗を何度も繰り返しているので、直刺しでも結構愉しめるソースは見当がついている。
キース・ジャレット・トリオ「Standards In Norway」を選曲。
ECM録音らしからぬ暖かみのある録音だから直刺しでもアラが出にくいのかな?

さて、唐突だが、オーディオに関係ないネタを1つ。
サブプライムショック以降、金融は半死半生の状態になった。
米帝のアポロ計画の終焉でNASAを放逐されたロケットエンジニアが金融界に巣食うよーになってから金融工学は飛躍的に進展したが、同時に、それは歪んだ成長も産んだよーに思われる。
その歪さを超克するには、商売の本道に戻ることにヒントがあるんじゃないかなと思う。
「安く仕入れて、高く売る、しかも沢山」ってゆー基礎の基礎も大事だし、物流・商業というビジネスでの定石を金融に当てはめてみることもできそうな気がする。
算数屋さんの手から金融を商売人に取り戻す思考実験かな……
う~ん、社内で理解される可能性は甚だ低いけど。

今日の読書
白石一文「この胸に深々と突き刺さる矢を抜け(上)」(講談社文庫)に着手し、1/3まで。
前パラグラフで気恥ずかしくもガラにもない決意表明めいたことを書いてしまったのも、本書に触発されてのことかな?


(2011/12/22 01:40追記)
1つ前の記事に書いたiBasso D7の販売ページ復活。
買わないけど。
コレが出ないことにはDX100の出番もやってこないわけで、そーゆー意味でめでたい。
さぁ、年内に出るか、支那がオヤスミ状態の旧正月前に出るか?

180度逆転した目線の民主党 [世事]

原発の賠償についてスキームが決まったとゆーことだが、あいかわらず民主党のやらかすことはチグハグだ。
銀行が債務免除しなければ国はカネを出さないよと官房長官が胸を張っていた。
これは何を言いたかったのか?
「国費=税金=国民一般の負担」の前に、「銀行の債務免除=銀行の損失=資本家(銀行自身及びその株主)の負担」を先に吐き出させろとゆーことか。

すぐにマスゴミは「安易な国民負担」とゆー定型的批判をするので、それを回避したかったとゆーことなのか?
それとも革マル派のDNAを脈々と受け継いだ左翼の血が騒いで「資本家」憎悪がむき出しになったのか?
しかし、コレ以上日本経済を傷めつけるよーな発言をすることが得策とは思えないと考えるのがフツーだろうに。

東電に対しても同様で、もっとリストラしないといかんと海江田とかが喚いている。
東電からちゃんとケジメをつけることは大事だが、それを国の支援の引き換え条件にするのは間違っている。
なぜなら、国の支援が遅れることで困ったことが起きるのは、東電そのものではなく、罹災者だからだ。

枝野、海江田の言っていることはマスゴミから批判されないよーにということのみに立脚している。
しかし、目線を罹災者への迅速な対応とゆー至極まっとうなところへ移せば180度違った展開になるはず。
すなわち、まずは国費をバンバン投入して罹災者への賠償が十分な水準かつ迅速で行われる道筋をつける。
東電がひっくり返ろうが、他の電気事業者が協力しようがしまいが、何があっても罹災者への賠償は国の資金で完全に履行されることで、罹災者への安心と民生全般の安定化を図る。
その次に、東電への徹底した求償、東電から国への求償の財源を東電が捻出する過程で更なるリストラと銀行債務免除も組み込むかどうかが検討される。
この検討過程が(例えば裁判闘争になって)メチャクチャ時間がかかることになっても、国の責任での賠償履行が先に確保されていれば、罹災者に迷惑はかからない。

マスゴミが「先に国が金を出すと、結局、東電や東電に融資した銀行の責任がうやむやにされるかもしれないじゃないか」と批判するかもしれないが、そーゆーときこそ、イイ意味での開き直りをすべき。
「責任うやむやの「おそれ」とゆーことより罹災者への賠償が優先!」
「事後的な求償では責任がうやむやにならないよーに政府も対応するが、マスゴミ諸氏もその観点で監視の目を光らせてくれ」
そーゆー発言をキッチリ述べてこその政治主導だと思うんだがねぇ……

嘘吐き討伐待望論 [世事]

今日も、引き続き、CK4+SR-71A+DT1350。

ノラ・ジョーンズ「Not Too Late」からスタート。
他のヘッドフォンで聴くよりもノラ・ジョーンズのヴォーカルのしゃがれたところが優しい声に丸められているなぁと思いつつも、ちょいと気だるい雰囲気は満点。
上原ひろみ「Voice」はムンムンとした熱気あふれる再生音が愉しめた。
だが、勢い一方に流された音ではないので、このアルバムの個性みたいなもんも十分に聴き取れる。
奏者が対峙する演奏ではなく、協働して曲を構築する手法は、ジャズとゆーよりクラシックと似ているなぁと。
最後は、クラフトワーク「放射能」(タイムリー……なのか?)
このアルバムは意図的に位相をいじりまくってるので、正確無比なヘッドフォンで聴くと気持ち悪くなることがある(ラウドスピーカーで聴いてる限りはそんなこともないけど)。
でも、DT1350では左右のチャンネルの音がイイ具合にブレンドされてるよーに聴こえて、ほとんど気持ち悪くならず、「ああ、愉しみながら、音をいじくり倒してるなぁ」と感心することができた。

昨日の記事では、エージング後のDT1350は卸したてのときよりも低音が締まってきていることを書いた。
今日はそれに加えて、以前持っていた印象の「イヤホンみたいな音場の出し方をするヘッドフォンだ」とゆーことも訂正すべきだなと思った。
T5pみたいなステージがポッカリと浮かび上がるよーな音場とは違うが、まぁ、フツーのヘッドフォンみたいな音場の出し方に変化したということはできる。

今日の世事
3・11当日の夜、東電社長を帰京させるために便乗させた自衛隊機を防衛相(の意をくんだ背広組)がUターンさせたとのこと。
これは、もしかしたら、Uターンさせてまで降機させろとゆー意図ではなかったのに、行き違い(連絡不足)があってのことかもしれない(防衛相の罪1等を減ずる余地あり)。
いただけないのは、官房長官記者会見で「自衛隊機に乗るのが非常識。自動車で移動できたはず」と強弁したこと。
東電社長の肩を持つ気もないし、自衛隊機でその日のうちに帰京したとして何ができたのかも疑問だ。
しかし、そのことと、官邸での連絡不足を糊塗するために大ウソを強弁することは別の問題。
3・11の夜はどこもかしこも渋滞やら交通止めだらけで、「自動車で移動できたはず」な訳がない。
民主党は「呼吸するように嘘を吐く」とゆー言い回しがあるよーだが、これって比喩じゃないな、もはや。

ワタシが現政権を無政府状態とこのブログで評したのは震災前の2月のことだったが、その時にはこんな内閣よりも有司専制のほうがマシだと書いた。
今の気持ちは、有司専制待望以前に、この嘘吐きどもを物理的に排除したいということに尽きる。
JSDFによるクーデター?
民衆蜂起?
米帝による直接統治?
UNによる信託統治?
ハイ、どれでもOKだ。
どなたでも構わんので、政治的に排除するだけではなく、物理的な排除を大いに望みたい。

今日の読書
樋口有介「片思いレシピ」(東京創元社)に着手し、2/3まで。
柚木草平シリーズのスピンオフ作品にして、草平の娘・加奈子(小6)が主役の長編。
コレ自体面白い作品だが、やはり柚木草平シリーズを先に読んでから着手することを推奨したい。
さて、今日中に続きを読んじゃおーかな?

地方選の一コマから感じたこと [世事]

3大臣が福島県を視察したそうだ。
現地での滞在時間は四十数分とも、1か所十数分とも伝えられている(十数分*3か所=四十数分なのか?)

東京消防庁の隊員を「処分する」と息巻いた経産相が「現場の苦労がわかった」と言いだしたり、襟を立てた消費者相が県産の苺を喰ったりと、短時間の割にはパフォーマンスはてんこ盛り。
これらが「政治主導」と称することなら、「有司専制」のほうがマシだという声が上がるのも、むべなるかな。

今日は、駅前で自民党の県議候補者が街頭演説。
名の知れた国会議員の応援演説があったわけじゃないので、聴衆が殺到したとゆー状況ではないものの、十数人が立ち止まって演説を聴いていた。
数日前の別の政党の候補者の街頭演説では誰も聴こうともせず、チラシすら受け取ろうとしない者が大半だったのとは好対照だ。
国政レベルと地方選は別の目線で判断されるものかもしれないが、2つの街頭演説の厳然たる差は潮目が再び変わってきていることを象徴しているよーに思われる。

最大の復興策は1次補正を上げた直後での総辞職だとゆー説を支持したい。
総選挙抜きの政権禅譲(「憲政の常道」に従えば、野党第一党に)でも、少々の混乱覚悟での解散・総選挙でも、どちらでもよい。
とにかく人心一新を明徴にする何かがないと、とてもじゃないが有権者の気は晴れない。

いまどきの「右翼」の主張 [世事]

体調はほぼ8割方復調したんで、昼飯は握り鮨を喰いに行った。
10%割引券の期限が今日までだったからってのも理由だが。

今日のお供は、HM-602+CX95。
何か狙いを持って組み合わせたわけではなく、この組合せって試したことがなかったから、やってみるかって程度の理由で選択。
パッと聴いたところでは音像が明確で、ピアノの音の粒立ちがよいよーに聴こえた。
だが、CX95のキャラとして、音がほぐれてくれないもんだから、10分も聴くと疲れてくる。
イヤホンを外すとホッとするなんてのは、すこぶるよろしくない。
CX95は上流が曖昧な音の場合(例えば、c200v2)には特効薬のように効き目があるが、それなりの上流を整えた場合には合わないのかもしれん。
と、文句を書きながらも、なんだかんだと1時間ほど聴いた(キース・ジャレット・トリオ「Whisper Not」、上原ひろみ「Place To Be」、ムターのメンデルスゾーンVn協、村治佳織「ポートレイツ」から数曲ずつ)。

帰りに、駅前に珍しく右翼の街宣車がいたので、数分だけだが立ち止まって、CX95を耳から外して、演説を聞いてみた。
そんとき気付いたことを箇条書き。
・一昔前の右翼(親米反ソ)と違って、主張の中に「反米」とゆー単語が混ざる。
・尖閣などの対支問題に触れず、北鮮の拉致を非難。
・看板に掲げたスローガンに「核兵器よりも強い武器は9条破棄」とあった。
・特攻服みたいな服装の人はおらず、フツーに背広を着て、フツーの口調で演説。
とまぁ、全体を通して、一般のノンポリの人にも受け入れてもらおうとする姿勢が垣間見えた。
よくよく考えてみれば、市民運動(活動)は左翼の専売特許ってわけでもなく、右の立場からの市民的な主張ってあったほうが健全な状況だと思う(すべての市民活動が右傾化するのも困るが)。

とはいえ、右翼は警察(公安)の監視対象のはずだよなぁなんて思いながら、周囲を見ると、少し離れたところに「柔道やってます」然とした体格のよい短髪の30代男性が立ってた。
片耳イヤホンだったので、iPodじゃなくて受令機なんでせうね。
ホントに監視するほどの危険性があるなら、トーシロのワタシが気付くよーな監視の仕方をするはずがないから、アレは半ば公然と観察している姿を見せて、牽制をかけてたってことかな?

まぁ、数分で飽きちゃったんで、再びCX95を耳につけると、なんとタイミングのイイことに村治佳織のギター曲は「インターナショナル」(武満「ギターのための12の歌」より)だった。
イヤホンでよかった。
今日のお供がヘッドフォンだったら、首にかけたヘッドフォンから小音量ながらも「インターナショナル」が流れてたら、団体の人か公安の人に呼び止められたかも(笑)

帰宅後、BS-hiで「坂の上の雲」(第6回。地上波よりも先行して放送)を視る。
う~ん、力作なんだが、なんか引っ掛かるところのないドラマだなぁ…。
毒が足りないんじゃなイカ(正岡子規の背中に孔があいて膿がジュクジュクしてるところ(脊椎カリエス)はグロかったが)。
まぁ、なんつーか、とても面白く記述された教科書を読まされてるよーな気分。
日露開戦すれば状況も少しは変わるか?

今日の読書
「伏 贋作・里見八犬伝」を半分まで。
劇中劇ならぬ作中作で、本作の登場人物・滝沢冥土(馬琴の息子とゆー設定)が書いた作品として「贋作・里見八犬伝」が出てくる(本作の1/3弱を占めるボリューム)。
これが、ナウシカ、もののけ姫っぽいとこがあったり、桜庭自身の作である「製鉄天使」を思い出させたりで、なかなか面白かった。
さて、後半はどーゆー展開になるか?
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